酵母

顕微鏡

 日本酒が出来る過程では、二種類の発酵が行われます。お米の中のデンプンを糖に変える、コウジカビによる糖化。そして、その糖をアルコールに変える酵母による発酵です。

 古来より日本酒造りにおいては、酵母は空気中に漂っている野生酵母に住み着いている蔵付き酵母を取り入れてお酒を醸してきました。

 そのため、蔵ごとにお酒の味わいや特徴は大きく異なり、また同じ蔵の中でもその年ごと、もっと言えば桶ごとに差がありました。自然に存在する多種多様な菌の相互作用と生存競争によって強い酵母が選別されるため、出来上がったお酒は強い味わいの、保存や熟成、お燗に耐えうる力を持っていました。しかし、その分雑菌の繁殖によってお酒が駄目になってしまう可能性も高く、特に「火落ち」と呼ばれる日本酒の天敵とも言える菌による汚染は、毎年造られるお酒の2割近くに及ぶこともあったそうです。

 明治にはいり、発酵に酵母菌がかかわっていることがわかると、いままで蔵ごと、年ごとに大きくばらつきがあった品質の安定化と、発酵過程で雑菌による汚染でお酒がだめになる(腐造)リスクを軽減するため、優秀な酵母を選別して各蔵で共有するシステムが作られました。

 毎年全国の新酒の鑑評会をひらき、ここで優秀と認められた蔵の酵母を分離して純粋培養。全国の希望する蔵元が、その酵母を使ってお酒を造ることが出来るようになったのです。これが、現在も日本醸造協会から頒布されている「きょうかい酵母」です。

 また、時代が進むと、各都道府県や一般企業の中で独自に酵母を研究し、地元の酒米や求められる酒質に合わせた酵母が幾つも作り出されました。 現在でも研究は続いていて、香りの強い酵母や独特の色を出すものなど、造りたいお酒によって使い分けられています。

きょうかい酵母

 日本醸造協会が頒布する、単一の酵母を純粋培養したもの酒母に添加して使用するアンプル酵母と、直接もろみに投入する(酒母工程を省略できる)乾燥酵母などがあります。

 1号から順番に番号が振られてきましたが、すでに廃盤となっているものも多く、現在は6~11号と、14号が頒布されています。

 また、それぞれの酵母の特徴はそのまま、もろみ発酵時に泡が出ない「泡無し酵母」もあり、号数の後ろに「01」がつきます。(例:6号と同じ性質の泡無し酵母→601号)

主な酵母
  • きょうかい6号
    通称「新政酵母」。1930年に、秋田の新政酒造のもろみから分離されました。現在でも使用されている酵母としては最古のもので、吟醸造りのもととなった酵母でもあります。 香りがあまり強くなく、深みのあるコクが出やすい酵母です。
  • きょうかい7号
    通称「真澄酵母」。1946年に、長野の宮坂酒造の銘酒「真澄」から分離されました。吟醸香が強く出ますが、得意とする精米歩合は70%ほどで、普通酒にも使用されます。現在、日本で最も多く使用されている酵母です。発酵力が強く、低精白下でも比較的吟醸香が強く出ます。
  • きょうかい1001号
    もともとの「きょうかい10号酵母」は、茨城県の明利酒類で分離されましたが、分離者の小川知可良氏はその際に東北中のいろいろなもろみを収集。そのうちのどのもろみから分離したのか記録に残されていないため、発祥の蔵がどこなのかはっきりしていない酵母です。 1001号酵母は、その10号酵母の特徴を引き継ぎつつ、もろみ上面の泡が立たない泡無し酵母で、従来のものより効率よくお酒を造ることができ、扱いやすい酵母です。 全体に酸が少なく、香り高いお酒になります。
  • 赤色清酒酵母
    きょうかい10号酵母の突然変異で、赤い色を発色する酵母です。 当然、出来上がるお酒も赤くなり、にごり酒の状態だときれいなピンク色に見えます。 酵母が発見される前は、実際にお酒を仕込んでいるうちに突然変異を起こしてピンク色になることから、「猩々もろみ」といって妖怪か何かの仕業とされていました。 近年では疑いも晴れ(?)、ひなまつりやお花見の際に良く飲まれているようです。

自治体酵母

 地方自治体の研究機関で開発された酵母。気候や酒米の特徴など、その地方での酒造りの条件下においてもっとも力を発揮できるように設計されています。

 ただし、他県でも使用できるような優秀な酵母ができた場合、きょうかい酵母として採用されたり他の酵母ととの交配に使用されたりもします。

 ちなみに、醸造協会の研究機関は「醸造研究所」、地方自治体の研究機関は「醸造試験場」です。

花酵母

花

 東京農業大学で分離された、自然界の花から採取される酵母です。一般的には、日本酒造りに使用される酵母はお酒のもろみから採取されてきましたが、自然界で糖の集まる場所からも採取できることに同大学の中田久保教授が着目、分離に成功しました。

 花から採取できるからといって、花の香りがするわけではありませんが、採取できる花の酒類によって様々な特徴があります。