私たちが日常的に食べている、「食べる」ためのお米とはまったく違う「お酒を造る」ためのお米、酒米。
米粒の性質の違いもさることながら、栽培のコツや稲の形状、大きさ、収穫量なども大きく異なってくるため、稲作農家だからといってどこでも作る事ができるわけではありません。
若者の他業種への流出による農業従事者の減少とそれに伴う高齢化から、米作全体の農家数、収穫面積ともに減少を続ける中、今後安定して良質な酒米を手に入れ続けることが次第に困難になってゆくのは当然といえるでしょう。
通常、蔵元が酒米を仕入れる場合、農家から直接ではなく地域のJAや農業組合を通して入手します。
この方法は、一部の農家や品種の豊作・不作にかかわらず、ある程度安定した量を手に入れられる反面、施肥や農薬使用量など米の詳しいプロフィールがわかりづらくなり、品質も平均化してしまうというデメリットがあります。
農家側としても、地域全体で求められる平均的な内容の米作りをせざるを得なくなり、新しく酒米作りに参入したり今までと違う品種の栽培に取り組む、といったチャレンジをする理由も希薄になります。
そこで近年、組合などを通さず地域の農家と直接仕入れの契約を結ぶ蔵元が増えています。
蔵元は自分の蔵で使用する銘柄を指定して栽培してもらうことができ、栽培方法によっては「栽培地限定」「有機栽培」といった特別な価値を持たせたお酒を造ることができます。
また、農家側も収穫分を買い取ってもらう確約があるため計画が立てやすく、栽培方法や品種について他の田と差別化することによって、自社の価値を高めることができるというメリットがあります。
なにより、「どんな理由をもって」「どんな栽培方法をされた」「どんな酒米を使用し」「どんな仕込を経て」「どんなお酒になり」「どんな反響があったか」を農家と蔵元が一貫して共有できることは、双方のモチベーションを高めるのに役立つでしょう。
さらに、一部の蔵元ではもう一歩進んで、自社の田んぼで蔵人自身が米を作る「自家栽培」を行っています。
つまり、米を栽培して精米などの処理をし、お酒にして販売する、という全工程を一つの蔵で行うのです。
これにより、一貫した思想や商品設計に基づいた酒造りが可能になり、他の蔵では見ないようなユニークなお酒や、「無農薬」「単一品種単一田産」など特定の要素を徹底的に追及したお酒にチャレンジすることができます。
これは、単に全工程を自社で行う、という目的のほかに、近隣で増えつつある休眠田を再生したり、伝統的な農地を保護する手段として行われていることもあり、途切れつつあった地域の絆をつなぎとめるのにも一役買っているようです。