日本酒は元々神事と結びついた飲み物で、様々な行事のなかで大切な役割を担ってきました。
また、古来からお酒好きの人々は、なにかイベントごとがあるとそれを理由になんとかしておいしいお酒を飲もうとしてきたようです。
ここでは、一年のうちに行われる「日本酒の飲める行事・イベント」を、月毎に分けてみていきましょう。
元日
元旦には、一年の無病息災を祈って「屠蘇」を飲みます。
これは本来、いくつかの薬草を組み合わせた「屠蘇散」と呼ばれるものを日本酒に漬け込んだもので、正しくは家族全員がそろう元日の朝に「屠蘇器」という専用の酒器を使って年少者から年長者へと順に飲んでいく、というものです。
しかし、生薬の香味が溶け出したお酒はかなり癖が強く、また未成年者に飲酒させることができない現代では元の通りの屠蘇が飲まれていることはほとんどなく、屠蘇器で清酒、もしくはごく薄めに作った屠蘇を年長者だけで酌み交わしたり、場合によっては元日に飲むお酒全般をお屠蘇と称していたりするようです。
成人の日
1999年までは、元服の儀が行われていた小正月にあたる1月15日でしたが、成人式に参加する新成人が帰省しやすいよう、一月の第二月曜日に変更されました。
大人の仲間入りをした人たちが、はじめてお酒を楽しむ日(のはず)です。
近年ではお酒にまつわる失敗や死傷事故などがあったり、日本酒離れによってお酒があまり飲まれなくなってきてはいますが、本来であれば国酒である日本酒でお祝いをしたい日といえますね。
雪見酒
一年でもっとも寒い季節ですが、そんな時期に暖かい室内で窓の外に降り積もる雪を見ながら呑むお酒はまた格別です。
ちょっと熱めの燗をつけても良いですし、あえて冷酒にして贅沢な気分に浸るのもよいかも。
雪のたくさん降る地方では、かまくらを作ってそのなかでお酒を振舞うイベントを開催しているところもあります。
節分
もともとは文字の通り「季節を分ける」日を指し、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ前日のことです。
現在では特に立春の前日(2月4日頃)のことを示し、宮中の行事であった邪気払いに倣って、豆を撒いて鬼を祓う豆まきが行われます。
近年では恵方を向いて巻き寿司を食べる恵方巻なども流行っていますが、大人の邪気払いといえばやはりお酒です。
炒り豆や恵方巻を肴に、枡に注いだ日本酒を呑みつつ、体の中から鬼を祓ってみるのもよいかもしれませんね。
ひな祭り
3月3日に女の子の健やかな成長を祈願して雛人形を飾る行事で、桃の花が咲く時期でもあることから「桃の節句」とも呼ばれます。
雛あられや菱餅とともに、欠かせないのが白酒。
これは蒸したもち米にみりんや焼酎を加え、一定期間醸したものを臼ですりおろしたもので、清酒ではありません(酒税法上はリキュール類です)が、江戸時代には呑まれていた歴史ある日本のお酒です。
製法にもよりますが基本的に甘口で独特の香味があります。
現在でも昔ながらの製法で製造している蔵元もありますので、伝統的な味わいの白酒で祝うひな祭りを楽しんでみるのもよいかもしれません。
なお、ひなまつりの歌にもある通り、白酒にはアルコールが含まれていますので、未成年のお嬢様にはノンアルコールの甘酒などを用意してあげましょう。
花見酒
地域によっては3月や5月になるところもあります。
桜の開花に合わせて行うお花見は、もはや国をあげての行事といえるでしょう。
お酒が貴族などの上流階級のためのものであった7~8世紀ころから既に行われていたとされ、江戸時代には庶民もお酒を持ってのお花見を楽しんでいたようです。
この時期には、搾った後あまり熟成を待たずに出荷される新酒や、きれいな赤色を発色する酵母を使用したピンク色のにごり酒など、各蔵とも趣向を凝らした花見酒を販売しています。
まだ肌寒い気候の日も多い時期ですので、お湯や簡易発熱式のお燗セットを持参して、熱燗で暖を取るのもよいかもしれません。
冬の厳しさもゆるみ、春の気配に開放的な気分になる花見酒ですが、人の多いところ、特に家族連れなどが来ている公園などでは、大人の飲酒マナーを守って羽目をはずし過ぎないように気をつけましょう。
歓迎会
就職や転勤などで新しい人との関係がスタートする4月は、歓迎会のシーズンです。
固めの杯、などと肩肘を張らずとも、緊張をほぐし、人と人との距離を縮め、円滑な関係を築くのに、お酒は有効なツールと言えます。
特に日本酒の場合、お酒を注ぎあうことで関係を確かめ合う角打ちの文化がありますので、まだ親しくない人と話をするのが苦手な方や、声をかけづらい人に挨拶に行くときなどには積極的に利用していきましょう。
ただし、まだお酒に慣れていない若い人も多く、アルコール自体が苦手な人もいることをわきまえ、飲酒の強要や一気飲みなどはしないようにしましょう。
端午の節句
元々は「午の月の最初の午の日」から「午の端(はじまり)の節句」という意味です。
現在では、旧暦午の月にあたる五月の五の日、ということで5月5日を指します。
様々な故事やお祭りが混ざっていますが、現在は男の子の成長を祈願する、桃の節句と対になる「こどもの日」として定着しました。
この日には無病息災を祈って、「勝負」と音をかけた「菖蒲」湯につかる風習がありますが、大人は菖蒲を刻んでお酒に入れた「菖蒲酒」を呑みます。
大人でも、いえ、大人ならなおのこと、必勝祈願の思いに熱が入るというものですね。
ちなみに、お湯に入れるのはアヤメ科、お酒に入れるのはサトイモ科で、同じ菖蒲でも別の物だそうなのでご注意ください。
田植え
直接お酒を呑めるイベントではない(むしろ稲作農家の方は忙しくてそれどころではない)のですが、お米を原料とする日本酒にとって大変重要なイベントです。
地域や米の品種によっても異なりますが、大体5月から6月にかけてが田植えのピークとなっているようです。
近年では多種多様な酒造好適米が作付けされるようになり、減農薬・無農薬農法や川魚、カルガモなどを利用した環境型の農法など、よりおいしいお米、ひいてはよりおいしいお酒を造るための試みがなされています。
日本酒ファンとしては、日本酒造りそのものとあわせて、注目し応援していきたいですね。
結婚式
もちろん結婚式は六月に限ったイベントではありませんが、「六月の花嫁は幸せをつかむ」というヨーロッパの伝承に基づいたジューンブライドはまだまだ人気のようです。
お祝いの席でのお酒はもちろんですが、神道式の結婚式では、三々九度や親族固めの儀など、儀式そのものにも日本酒が深く関わっています。
盃を交わして絆を深めるという、古代の神事のなかでの日本酒の役割を、もっとも身近な形で現代に伝えるイベントといえるかもしれません。
日本酒はもともと縁起のよい名前を冠しているものが多いのですが、鶴や亀など結婚式には特に合うモチーフのものもたくさんあります。
教会式が増え、披露宴でもワインやシャンパンに押され気味の日本酒ですが、もっと取り上げられて欲しいですね。
夏越の祓
12月末の大晦日に対応し、6月末に半年間の穢れを祓って残り半年間の健康と厄除けを祈願する行事です。
近年ではあまり重要視されていませんが、和菓子の水無月を食べたり、神社で茅の輪くぐり用の輪が設置されたりと、各所で行事の名残が見られます。
年末のように大掃除をする、馬や牛などの禊をするなど、本来呑まねばならない行事ではありませんが、季節の節目ということで日本酒も広く呑まれていたらしく、「夏越の酒」という言葉も残っています。
土用の丑の日
土用とは、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ直前18日間の間を指し、特に立秋直前の土用の間に来る丑の日に、「う」のつく食べ物を食べると夏バテしないという風習があります。
なかでもうなぎの蒲焼は丑の日の食べ物として全国的に有名ですが、このうなぎの蒲焼や骨をあぶったものを器に入れ、そこに燗酒を注いだ鰻酒(うざけ)もまた、暑気払いに効果があるとして重宝されています。
さしずめ、ひれ酒の夏バージョンといったところでしょうか。
呑み切り
蔵元の、酒造にまつわる行事の一つ。
冬に搾ってタンクに貯蔵しておいたお酒の「呑み口」を開き(「呑み口を切る」)、熟成の具合を確かめるという大切な行事です。
近年では衛生管理や設備の機能が向上したため、火落ちなどの腐造(雑菌が繁殖してしまい、お酒が丸ごと駄目になること)はあまりなくなったそうですが、それでも味の仕上がりの良し悪しも含め、最初のお酒が迸る瞬間は杜氏や蔵人からすると緊張の一瞬とのこと。
蔵によっては一般に開放し、地域の人々や蔵元ファン達とともにお酒の完成を祝う会としているところもあるようです。
地元の蔵元が呑み切りのイベントを行っていないかは、HPなどから確認しましょう。
お盆
7月15日、もしくは8月15日を中心に、先祖の霊を奉る一連の行事を指します。
この時期は地域的に休業期間とされることが多く、家族を伴って故郷を訪れ、お墓参りや法事などを行います。
儀式的な内容については地域によって様々ですが、普段全国に散らばっている親族が一堂に会し近況を報告しあう、町内で盆踊りが開催され近所がみな顔を合わせるなど、絆を再確認する機会として機能しているようです。
当然、人が集まればお酒が呑まれ、特に年配者が主導権を持つケースが多いため、地酒の登場も多くなるようです。
また、お墓参りでは故人の好きだったお酒を供えたり、盆踊りで菰樽から酌まれたお酒が振舞われるなど、日本酒の役割も多岐に渡ります。
古い風習が今にも残る、まさに日本の伝統的な行事といえるでしょう。
お中元
普段お世話になっている人や、仕事上付き合いのある人へ、お盆の頃を目安にする贈り物です。
直接お酒を呑めるイベントではありませんが、仕事上の活躍や豊かな人付き合いと、日本酒好きであることを日常公言していることが重なれば、おいしいお酒が届くかもしれませんね。
重陽の節句
陰陽思想では奇数は「陽」の数字とされ、奇数の中でも最大数である9が二つ重なることから9月9日は「重陽」と呼ばれます。
奇数が重なると、陽の気が高まりすぎて不吉であるため、それを祓うための節句とのことです。
不吉を祓うため、菊の花を浮かべたお酒を酌み交わしたり、菊を浮かべたお風呂にはいったりします。
ちなみに、古代中国では菊の葉に降りた露を飲むと不老長寿の薬となるという伝説があり、水源の上流に菊の群生地がある石川県の手取川流域には、菊酒の伝説を元にした菊姫という蔵もあります。
月見酒
平安時代から行われてきた月見は、季節を問わず、また月の形も満月に限らず、いろいろな月を愛でてきたようですが、現代においては「お月見」は主に十五夜の月見を指すことが多いようです。
旧暦の8月15日の夜に行われ、すすきを飾って月見団子や里芋、そしてお酒を供えて月を眺めます。
当然、供えるだけでなく、月見をしながらお酒を酌み交わす月見酒も広く楽しまれていました。
なお、日を追うごとに夜遅くならないと昇らなくなる月を座ったり(居待月)寝たり(寝待月)して待つ「月待ち」という風習もあり、月を見るという口実で夜更かしをしながらお酒を酌み交わしたそうです。
収穫祭
お米を中心とした作物の収穫が終わり、一年の労働をねぎらい実りに感謝するお祭りは、長い間全国でもっとも盛り上がるイベントの一つでした。
特に米処と呼ばれる地域では、地方の有力者が昨年の年貢米の残りで仕込んだ日本酒を振舞うケースが多かったそうで、現在でも各地の秋祭りの際にはその地方の地酒が振舞われることがあります。
お米から作られ、その恵みを凝縮した日本酒は、収穫の喜びに沸くお祭りを盛り上げるには最適なお酒と言えるでしょう。
紅葉狩り
山々を赤や黄色に染める紅葉を楽しむ行事です。
地域によって10月初旬から11月下旬くらいと幅がありますが、気温が下がりつつも日中は出歩くのが苦ではない気候の頃である点は共通です。
古の貴族たちのように俳句や短歌などをひねりながら、日本酒で喉を潤し体を暖めるのもよいかもしれません。
焚き火酒
落ち葉を集めて焚き火をし、その火でお湯を沸かしたり器を直接周囲に埋めたりして燗をつけ、燗酒を楽しむイベントです。
寒さに耐えて落ち葉を集め、焚き火に手をかざしながら呑む熱燗はなんとも言えないおいしさです。
焼き芋や芋煮などと合わせて、冷え込む寒気を楽しむための知恵と言えるでしょう。
クリスマス
イエス・キリストが生まれた日とされるキリスト教の行事ですが、いまや世界中で家族や恋人と過ごすお祭りとして定着しました。
基本的には12月25日が本祭ですが、日本においては前日24日の「クリスマス・イブ」の夜のほうが大々的に祝われる傾向があります。
海外のお祭りだけあって日本酒が選ばれることは少ないようですが、近年では酸味・甘みの強い、低アルコール、微発泡酒など、ワインのように楽しめる日本酒も多数開発されているので、これから徐々に普及していくかもしれません。
忘年会
今年一年間の様々な苦労や問題を忘れ、往く年を惜しむ酒宴です。
職場、友人、家族などそれぞれのグループ毎に開かれるため、全てに参加しようと思うとなかなかハードなスケジュールになりがちです。
近年では、特に都市部で全国の地酒に特化した居酒屋が増えており、ビールなどに押されがちな日本酒にも手が伸びやすくなっています。
普段より年長者と酌み交わす機会が多いこの時期は、とっておきのおいしい地酒を教えてもらうチャンスかもしれません。
大晦日
一年の穢れを祓い、清らかな気持ちで新年を迎えるための日です。
古くは一年間のツケを清算する日でもあったため、落語や歌舞伎などで見られるように、追いかける借金取りとなんとか逃げおおせようとする債務者の攻防が激化する日でしたが、現代ではお正月の用意をし、大掃除をして一年の汚れを落とし、年越し蕎麦などで年の瀬を味わうなど、比較的穏やかな行事となっています。
日付と年の変わる深夜には、お寺や神社は大勢の人で賑わい、奉納された福酒が振舞われることも多いようです。
往く年の無事に感謝し、来る年の福を願いながら、じっくりと日本酒を味わってみるのはいかがでしょうか。