日本酒の登場する神話・伝説 印刷する

 神々の時代から伝わったとされており、神事に欠かせないものであった日本酒
 そのためか、いろいろな伝説の中にも、お酒は登場してきます。
 遠い神話や、人々の間で語られる伝承・伝説の中に残る日本酒の姿をいくつかご紹介しましょう。

ヤマタノオロチとスサノオノミコト


 お酒の登場する日本神話のうち、おそらくもっとも有名なのが須佐能乎命(スサノオノミコト)による八岐大蛇(ヤマタノオロチ)討伐のお話ではないでしょうか。

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神々の国・高天原(タカマガハラ)を追われ出雲に降り立ったスサノオは、少女に取りすがって泣いている男女に出会います。
 聞けば、ヤマタノオロチという恐ろしい怪物が一年に一度やってきて一人ずつ娘を食べていってしまう。いままで7人の娘が食べられてしまい、最後に残ったこの奇稲田姫(クシナダヒメ)も今年食べられてしまうだろう、とのこと。
 そこでスサノオは、クシナダヒメを娶ることを条件にヤマタノオロチ退治を買って出ました。
 スサノオはクシナダヒメを櫛に変えて髪にさした後、八つのに強い酒を満たして待ちます。
 やがて姿を現した恐ろしい八つ首の大蛇・ヤマタノオロチは、お酒を見つけると喜んで樽に頭を突っ込み、八つの頭でがぶ飲みして酩酊。眠り込んでいる隙に切り刻まれてしまいました。
 そして、みごと約束を果たしたスサノオとクシナダヒメは結婚することになります。

 
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「邪を祓う」というお酒の特性をあらわすかのような神話ですね。
 八つの頭に八本の尾、腹は真っ赤な血でただれ…、と、恐ろしい描写と共に現れるヤマタノオロチですが、お酒の誘惑には勝てなかったようで大蛇(うわばみ)らしい呑みっぷりであっさりつぶれてしまいます。
 頭が八つあっても胴体はひとつだったようなので、急激なアルコール摂取に肝臓が対応できなかったのでしょうか。
 ヤマタノオロチですらこうなのですから、我々人間も一気飲みなどの無理な飲み方は控えましょうね。
 ちなみに、ここでスサノオが用意させる「八塩折酒(やしおりのさけ)」は、八回醸造を繰り返すいわゆる「貴醸酒」である、という説や、そもそも日本酒ではなくくだものを使用した果実酒である、という説など、諸説あるようです。
 どれにせよヤマタノオロチも我慢できないような、甘い良い匂いの立ち昇るお酒だったのでしょうね。

酒造りの神様たち


 古事記や日本書紀などには、お酒造りにまつわる神様がたくさん登場してきます。
 例えば、クシナダヒメの祖父に当たる大山祇神(オオヤマツミノカミ)、米を使って酒を醸したとはじめて明記された神吾田鹿葦津姫(カムアダカシツノヒメ)、酒造りを伝えたとされる少彦名神(スクナヒコナノカミ)、そしてスサノオノミコトの子である大国主命(オオクニヌシノミコト)などなど、あげていけばきりがありません。
 それだけ、古代から神事とお酒のかかわりが深く、また「米と水が醸されて酒となる」という現象自体がまるで奇跡のように思われていたということなのでしょう。
 現代でも全国各地にお酒の神様を祀った神社があり、お酒造りにかかわる人々の信仰を集めています。

酒呑童子


 人のみならず、神様も怪物も目がない日本酒。
 妖怪たちの中にも、大好きなものたちがいるようです。
 その中でも、直球ど真ん中な名前を持つのがこの酒呑童子(しゅてんどうじ)です。
 鬼(もしくは盗賊)の頭領とされており、出生や育った経緯は諸説紛々。
 一説では親に捨てられ諸国をさすらいながら悪事を働いていたため徐々に鬼と化したとされ、また別の説では絶世の美少年が彼に振られた女性の恨みで鬼になったとも言われています。
 なかには、スサノオノミコトとの戦いに敗れたヤマタノオロチが人の姿をまとって落ち延び、人間の女性に産ませた子供である、なんて説も。
 いずれにしても、最後は大江山にたどり着いて手下を率いて山賊行為を働くようになり、995年、時の帝に命じられた源頼光らにだまされ毒酒を飲まされて殺されてしまいます。(確かにヤマタノオロチと似ているかも…)
 能や歌舞伎、映画、小説、さらにはゲームにアニメなど、波乱に富んだ人生(?)とキャラクター性からさまざまな作品に登場する(ある意味)人気者でもあります。

のた坊主


 こちらは同じ妖怪でもちょっとほっこりするようなエピソードを。
 のた坊主は、もともとは古狸が坊主に化けたもので、特に際立った悪事を働くわけではありません。
 ただ、新酒が出来上がるとどこからともなくやってきて、甕からお酒を勝手に飲み、やがて酔っ払うとのたのたと去ってゆく(なので「のた坊主」)、というなんとも気の抜ける妖怪です。
 ただ、せっかくの新酒を盗み飲みされる蔵元はたまったものではありません。
 あるときついに捕まったのた坊主は、蔵人たちにぐるりと囲まれてしまいます。
 すっかり震え上がり、自分は近所のあなぐらに住んでいる狸で、そこには子狸が待っている、もう悪さはしないから見逃してくれと必死に謝る姿に、さすがにかわいそうになってきた蔵人たちが解放してやると、それ以来酒を盗みに来ることもなくなり、その蔵は今まで以上に繁盛するようになった、ということです。
 とても妖怪狸とは思えない人間臭さと、ちゃんと恩返しをしてくる義理堅さがいい感じですね。

養老の滝


 親に忠誠を尽くす「孝」の説話なのでてっきり中国故事だと思っていましたが、調べてみると出典は鎌倉時代に編纂された「古今著聞集」でした(説話集なので、本来の原典はわかりませんが)

 
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 あるところに貧しい暮らしをおくる父子がいました。
 父親はお酒が大好き。
 息子は薪拾いの仕事をしながら父を養い、貧しい中から何とかやりくりをして父親のためのお酒を買っていましたが、いつも少量しか飲ませてあげられません。
 欲のない息子は自分の欲しいものやしたいことはなく、ただただ「いつか父に満足できるだけのお酒を飲ませてあげたい」ということだけを願っていました。

 ある日、息子がいつものように山に入って薪を拾っていると、ふいに甘い良い香りが漂ってきます。
 なんだろうと思いながら周囲を見回すと、岩間から流れ出る小さな滝が香りを発しているようでした。
 不思議に思った息子が水をなめてみると、なんと、その滝から流れ出ているのは水ではなくとても美味しいお酒だったのです。
 息子は早速滝のお酒を汲んで持って帰り、ついに父親が満足するまでたっぷりと飲ませてあげることができたのでした。

 この話が時の天皇の耳に届き、大変感じ入った天皇は元号を「養老」を変え、息子を美濃の守に任命されました。
 こうして、父子は末永く幸せに暮らしたということです。

 
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 現代人の感覚からすると、自分のことなど省みずに父に尽くす息子とか、養ってもらっているのに酒ばかりせびる父親とか、違和感を感じるポイントの多いお話ではありますが、当時日本で一般的だった忠孝思想からするとまっとうな美談とうつったようですね。
 現在でも、岐阜県養老郡の養老公園内には同名の滝が存在しますが、残念ながら流れ落ちているのは普通の水です。