日本酒の登場する小説 印刷する

 千年以上の時を超えて、数多の蔵人たちの手によって醸され続けてきた日本酒
 伝承され続ける技術と研ぎ澄まされた感性によって造られるお酒は、多くの人々を魅了してきました。
 そして、その感動を自らの作品の中で表現しようとした人々がいます。
 ここでは、そんな作品たちのうち、小説・エッセイについて少しだけご紹介します。

時代小説


 時代小説、特に江戸時代を舞台とする作品には、日本酒がよく登場します。
 江戸時代は、全国各地との交流が盛んになったことや技術の向上から、日本酒の質と生産量が大きく上向き、庶民もおいしいお酒を日常の中で飲めるようになった時代です。
 そして、江戸や大阪などの人口密集地では文化が濃縮され、多様性豊かな社会生活が営まれていました。
 時代小説の中での日本酒の登場シーンを見ると、具体的な銘柄がどう、というより、「酒」という小道具として扱われていることがほとんどのようです。
 たくさんの人が集まって生きた大都市では、現代と同じように喜びにも悲しみにも満ちた様々なドラマがあり、お酒は彼らのくつろぎや慰め、時には不安の象徴として手にとられていました。
 作品の中での日本酒も、人々の生活に密着し、その喜怒哀楽に寄り添うものとして、読者の感情に訴えかけてきます。

日本酒の登場する時代小説の一例

 池波正太郎著:「鬼平犯科帳」シリーズ(文藝春秋)、「剣客商売」シリーズ(新潮社)など

 「鬼平犯科帳」は、鬼の平蔵と恐れられる火付盗賊改方(現在の警察や機動隊)の長官、長谷川平蔵を主人公とし、彼が追う事件やその周囲の人々の間で起こる様々なドラマを描いた小説。
 「剣客商売」は、江戸の町に剣の道場をひらいている秋山小兵衛・大治郎親子を中心とした人間模様を描いた小説です。
 どちらも荒事を生業とする主人公たちですが、作品上での戦闘、試合のシーンはメインではなく、登場人物たちの日常生活や人間模様に重点を置いた筋になっています。

 
 高田郁著:「みをつくし料理帖」シリーズ(角川春樹事務所)

 故郷である大阪を離れ、江戸・神田御台所町の料理屋「つる家」で働く澪(みお)を主人公とした、人情と人々の交錯を描いた小説。
 全体を通した大きな筋以外に、一話一話で完結する事件や登場人物たちのドラマなどもあり、するすると物語に引き込まれていきます。
 料理屋が舞台なので、当然お酒の描写も多い…と思うところなのですが、どちらかというとお酒はあまり登場せず、おいしそうな料理が物語をにぎわせています。

純文学



 純文学での日本酒は、例えば主人公のやるせない心を表していたり、人と酌み交わすその距離感の揺らぎを示唆するといったように、単に飲み物、嗜好品として描かれるというよりは、抽象的・暗喩的な役割を持たされることが多いようです。
 また、作者自身がお酒好きの場合も多く、なかには自身の作品のタイトルを酒銘として贈った人も。
 普段はちょっと敷居が高い感じのする純文学ですが、お酒の登場の仕方を楽しんだり、作者がどんなお酒を好んでいたかを調べた上で読んでみると、意外と身近に感じられるかもしれません。

日本酒の登場する純文学の一例

 川端康成著:「古都」「雪国」など

 著者の川端康成氏は、アルコールには強くない体質だったそうですが日本酒を愛した人で、長野県や京都府など各地の蔵元に「川端康成が絶賛したお酒」があるようです。
 上記「古都」「雪国」は小説の作品名であると同時に、彼が好んだお酒の酒銘でもありますので、小説と日本酒を合わせて楽しんでみるのも面白いかもしれませんね。

 島崎藤村著:「夜明け前」

 黒船の来航を端緒として長い幕府の統治が終わり、日本の近代にとっての夜明けが訪れる明治維新。
 その前後に庄屋の息子として生まれ、山林の自由な利用が許される社会の実現を夢見る青山半蔵の、時代に翻弄される生涯を描いた作品です。
 半蔵の生家が、造り酒屋も営んでいることにはじまり、語らいの場面や祝い事、贈り物など、物語の節目節目にお酒が描かれています。
 江戸時代最後期から明治時代にかけては、海外から伝えられた科学知識や技術によって日本酒の品質や生産量が大幅に向上した、まさに酒造業界にとっての「夜明け」の時代。
 速醸もとや良質な酵母の登録など、現代のお酒造りになくてはならない技術が取り入れられた時代です。
 現代のおいしいお酒を飲みながら、その激動の日本に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
 ちなみに、こちらも同名のお酒が販売されています。

エッセイ


 現代においては、具体的な情報やお店の紹介など、実用書の割合が圧倒的に多い日本酒関連の本ですが、今も昔も変わらないお酒好きの言葉が楽しめるのがエッセイです。
 文章の好みももちろんですが、どんなスタイルでお酒を飲むのか、が自分に合っている作家さんのエッセイは、酒の肴としても優秀な書物ともいえるでしょう。

日本酒の登場するエッセイの一例

 なぎら健壱著:「酒にまじわれば」(文藝春秋)など

 芸能界でも有名なお酒好きである著者が、日本酒に限らずお酒にまつわる様々なエピソードを語るエッセイ集です。
 一つのはなしが2~3ページ程度で読みやすく、軽い語り口もあいまって一人酒のお供にぴったりの本となっています。

 
 根元きこ著:「酒の肴、おいしい愉しみ」(集英社)

 また、紹介されている料理の写真も、酒飲み心をくすぐるような絶妙なアングルで、夕方に眺めていると晩酌が楽しみになること請け合いです。
 個人的に大ヒットだったのは「厚揚げ焼き」。
 その絶妙な写真うつりと、たった一言で心をさらってゆくキャプションを、ぜひご自身の目で確かめてみてください。
 一点だけご注意。お仕事中や深夜など、お酒が飲めない、もしくは材料を買いにいけない、料理ができないときに読むと、ダメージが大きいので気をつけましょう。